人生で一番辛い日 ③

ドーム型保育器の中の酸素濃度が
我々下界に住む酸素濃度と一緒になりました。

酸素呼吸器も外され自発呼吸できるようになりました。

ミルクも管からですが吐乳することなく  
しっかり飲んでいます。


ある日、お医者さんから、

「明日から哺乳瓶で飲む練習をします。
 ここで乳首を吸うことが出来るか? 
 ちゃんとごっくん出来るか?が一つの山場となります。」

と、言われました@@;


一日8回のミルクの時間
まずは1回だけ哺乳瓶から飲んでみたところ、

難なくゴクゴク飲むことが出来、吐乳もせず
大満足な顔をしてたようです。

このニュースを息子1から聞いたときは、
また二人で泣きました(涙)

少しづつ 少しづつ 前進していることを確信しました。


またある日、息子1が面会に行ったら、
看護師さんから

「NICUに入っている赤ちゃんで、
 こんなにミルクを飲んでくれる子は珍しいのよ~^^
 頑張ってるよ、マルちゃん^^」  

  ↑ 名無しでは呼びかけにくいので産まれて二日目で名前を付けました^^

    本名は、奇をてらわず素直で明るい良い名前^^って
    みんなに褒めてもらってます。

    ゆえに「マルちゃん」は孫っちのHN、ブログ上の名前です^^
    よろしく!


NICUに入って2週間後の26日
GCUに引っ越すことが出来ました。

GCUはドーム型ではないので、ちゃんと服を着せてくれてます。
もう裸ん坊じゃありません^^


ジジババはなかなか面会に行けないのですが、
GCUに移ったら抱っこできるって聞いたので、

何とか予約を取って、会いに行きました。

部屋に入る前に手を念入りに洗っていたら、

フギャァ~ フギャァ~ って泣く声が!

マルちゃんの泣いているところを、
息子1が撮った動画で見ているので  ←家で毎日何十回と見てる^^;

私と、お嫁さんは
「あっ! あの泣き声はマルちゃんの声だね^^」と、
ピンとくるも、息子1はわからず^^;

大きな声で、
ミルクくれぇ~! ミルクくれぇ~! って泣いてます(笑)


「退院の前に母子入院っていうのをしてもらうので、
 準備しておいてくださいね^^」

「えっ! 退院!?」

退院できるの?
退院の言葉に色めき立つマム。家でした。 


その前に乗り越えなければならない試練が@@;


つづく・・・・・・。
[PR]
# by mam-mam-48 | 2015-10-14 23:03 | ★日々ネタ

人生で一番辛い日 ②

9月5日に息子1夫婦の新居の引き渡しがあったところ

新居にベイビーにと、幸せが続きすぎたかなぁ~・・・・・・なんて思ってみたりして(T-T)

アパートは9月中に退去すればよっかったので、
引っ越しも余裕ぶっこいて何の準備もしてなかったので
始動しなければなりません。


「まずは三日!」と言われていた危機的な日はなんとかクリアできたようで、
一つの山は越えました。



孫っち誕生の次の日からのタイムスケジュール

午前中は引っ越しの荷造り+搬送+掃除に明け暮れ
引っ越し業者には頼まず、私とオットと息子1で、頑張りました。

仕事柄、トラックは大小取り混ぜでなんぼでもあるので^^;

この身体を動かす作業が、私たちにとっては救いでした。
家に一人でぼーといたら辛くて辛くて(涙)


そして、午後からは息子1は孫っちの元へ行って面会
毎日、毎日、我が子に話しかけていたそうです。


それが終わったら、お嫁さんの病院へ行き、
付き添い食も出るとのこと、夕飯を一緒に食べて
家に帰ると言う生活を続けてました。

息子1は我が子のことも心配ですが、
お嫁さんの産後も心配
特にメンタルが・・・・と言うことで、
お嫁さんのところにも必ず行っていました。


はい^^;
甘いですが・・・・神経を使う危険な仕事は精神的に無理だろうと言うことで、
仕事はシルバーウイークの終わりまで休ませました。


お嫁さんは、早く退院して我が子に会いたいので、
食事も完食して、リハビリも頑張り、
1週間で退院できました。


この1週間の孫っちの様子

生命の危機からは脱したものの
体中に繋がれている無数の線や管はまだまだ外れません(>_<)
e0081339_9521769.jpg


ドーム保育器の中の酸素濃度も少しづつ少しづつ、
我々下界と一緒の濃度に下げていっているとのこと。

ミルクは、3時間ごとに管を通して直接胃に流すのですが、
吐乳することなく飲んでいるとのこと。

でも、息子1が面会に行く時間は、
ミルクを飲んでおむつを替えてもらった後なので、
いついっても爆睡中とのこと(苦笑)



いよいよお嫁さんが退院する前日の面会の時に

「明日は、お母さんが会いに来るからね^^
 嬉しいね~良かったね~」って話しかけたきたらしく

退院の18日の日  息子1とお嫁さんが我が子に会いに行ったら


初めてぱっちりお目目を開けて待っていてくれたって(感涙)


看護師さんが
「赤ちゃんに触ってもいいのよ^^
 お母さんの体温を感じさせてあげてね^^」って、お許しが出たので、

お嫁さんがドーム型保育器に手を入れたら、

e0081339_21304827.jpg


小さな手で握り返してくれたそうです❤   
母の愛、ぬくもりを本能で感じることが出来るんでしょうね(涙)

ちなみに携帯電話は持ち込み禁止ですが、デジカメはOKなんです。



息子1はシルバーウイーク明けから仕事に行くようになりました。

お嫁さんは、毎日2時から面会に行き、
冷凍した母乳を持っていったり、
沐浴・おむつの交換・授乳などを練習して、
実家で療養です。


息子1は、仕事が終わったらウチに来て、
ご飯を食べ、お風呂に入って綺麗な身体になってから、
夜、面会に行ってました。


私も、心労のあまり、またウツになるかな^^;とか、
寝込むかな^^;とか、家族や友達にも心配されましたが、

息子1やお嫁さんが・・・何より孫っちが頑張っているのに、
私がくたばっていてどうする!!

私は、息子1が倒れないように、
食事の用意や、その他もろもろバックアップに頑張りました。

人間、辛いことがあると、逆にパワーが出ると言うことを知りました^^;


つづく・・・・・・・。

 
 

[PR]
# by mam-mam-48 | 2015-10-14 21:53 | ★日々ネタ

人生で一番辛い日 ①

皆さま、大変ご無沙汰しておりました。

待っていてくれる人が、
いてくれたのか?どうか?は定かではありませんが^^;

本当にお久しぶりのマム。です^^

弟の心筋梗塞事件(!?)からほどなく、

58年生きてきて、人生で一番辛い日を迎えてました。

*****************************************************

9月11日 午後3時すぎ  長男夫婦のところに女の赤ちゃんが生まれました。
私にとっては初孫の孫っちです。

ところが、突然、早期胎盤剥離で緊急帝王切開手術
母子共の命が危ないとのこと!!

孫っちは仮死状態で生まれたので、

ドクターカーにて、某市立病院のNICUへ運ばれ、
お嫁さんは、そのまま産んだ産婦人科のICUへ


お嫁さんはとりあえずは大丈夫とのこと
お嫁さんの事はお嫁さんのご両親に任せて、

私とオットと息子1は、
孫っちが運ばれた某市立病院へかけつけました。

e0081339_19263960.jpg

今でも、この扉を見るだけで涙があふれます(涙)


NICUに入るには普段は厳しい入室制限があります。

今日だけは、先生の説明を受けなければならないので
私たち祖父母も許してくれました。


先生が来る前に、
看護師さんが孫っちの保育器のあるところへ私たちを連れて行ってくれました。


・・・・・ショックでした(涙)

小さいドームのような保育器に入れられてました。

そのドームの中は、29度設定
高酸素濃度設定  

そして2400グラムの小っちゃい身体に、
たくさんの管が口にも鼻にも腕にも繋がれていて、

頭にはヘッドギアのようなものも装着され、
心臓にもペタペタ色んなものが貼られていて

裸んぼうのおむつ姿の
それはそれは、もう痛々しい姿でした。


息子1が
「頑張れ! 頑張れ! お父さん、来たよ! 
 お父さんが絶対守ってあげるから!!」と、

我が子に一生懸命声を掛けている横で、

私が泣いてどうする!! 絶対!泣くまい! ここでは絶対泣くまい!と、
唇をかみしめ我慢しました。


先生二人による説明が始まりましたが、
私は、もうパニックになっていて、
あの時の先生の細かい説明は全く覚えていません。

息子1はメモを取っていました。

でも、先生の説明は
絶望的なものであって、決して未来はないと思いました。


「まずは三日、生命の維持が出来るかどうか、見守りましょう」

えっ? それってどういうこと?
心の中でつぶやいた事は覚えてます。


ただ先生が最後におっしゃった言葉だけを信じるようにしました。

「赤ちゃんは無限の力を持っているんです。
 すごいパワーを持っているんです。

 どんなに生まれた時の状態が深刻でも、
 一か月後、元気に退院していく子もいるし、
 しかし残念ながら呼吸器が外れないままの子もいるのも事実です。

 とにかくこの赤ちゃんの生命力を信じましょう。
 私たちも今やれることの精一杯の努力はします。」


息子1が、
「嫁にはなんて伝えたらいいのでしょうか?」と聞くと、

『なるべく早い時期に、今、私が言ったことを、
 なるべくそのまま伝えた方がいいんです。
 隠したりするのは、あまりおススメしません。』


私とオットは家に帰り、
息子1はその足で隣の市に入院しているお嫁さんの元へ

さすがに少しは言葉をオブラートに包んだようですが、
ほぼそのままを伝えたそうです。


お嫁さんは、賢い人なので、
取り乱すことなく事実を受け止めていたようですが、

「お産がこんなことになってごめんね。
 健康な子どもを産めなくてごめんね。」と(T-T)


息子1は、自分が嫁さんの前で泣いてしまったら、
嫁さんがもっと落ち込み自分のせいにしてしまうと思い、

絶対に泣くまい!!と



そして、夜遅く、息子1は、憔悴しきった顔でウチにやってきました。

仏さんの前に座って一心不乱に拝み
「ここでは、泣かせてくれ(涙)」

ええんやで!!
ここでは我慢せんでもええんやで!!
思いっきり泣いたらええんやで!!


家族みんなで思いっきり泣きました。


「絶対に助かる! そして絶対に大丈夫!!
 僕は我が子を信じる!!!(涙)」と言って、
自分の家に帰って行きました。

この日ほど、
細身でガリガリの長男がしっかりとたくましく見えた日はありません。

もう「父親」の顔になっていました。


つづく・・・・・。
[PR]
# by mam-mam-48 | 2015-10-14 20:31 | ★日々ネタ

心筋梗塞 事の顛末 4

差額なしで個室に居られる期間が終わり、

「どうされますか?」と看護師さんから聞かれたので、

「部屋代を払っても・・・・個室で!!」と即答な弟


個室の快適さを味わったら、もう相部屋の病室は無理だと^^;

昨夜も隣の相部屋病室で一人のおじいさんが
叫び倒してたってヽ(´A`)ノ


ビジネスクラスに乗ったらエコノミーにはもう乗れないと言う
心理と一緒でしょうか?(苦笑)


私もあんな快適な個室なら
1週間くらい入院してみたい   ←不謹慎発言@@;


弟のリハビリは「高リスクコース」とやらで

毎日、ちょっとずつ ちょっとずつ 

まずは、ベットの上で起き上がる10分から始まり、
室内なら歩いても良し
廊下を一往復するなら良し
病院内なら歩いても良し

等々、毎日毎日ゆっくり ゆっくり ステップアップ・・・・・一歩 一歩


幸いなことに、すべてのリハビリにOK!!が出て、
順調に回復しているとのこと^^

「想定通りのダメージを受けている」と言われ、
人によっては他に色んな病状が出たりするらしいのですが、

それも今のところはなく、
奇跡的な回復と言われました。


3人の担当医と2人の若くて可愛い担当看護師さんに、
手厚く、丁寧に、優しく、面白く看護してくださって、

楽しい入院生活だったようです^^


部長回診とやらがあって、   ←「白い巨塔」が浮かぶお約束^^;

「血圧の管理もしてて    ←血圧は高いので薬は飲んでいました。
 運動もしてメタボではないし、
 煙草は吸わない、お酒も少量
 まだ若いし

 ・・・・・う~ん? 何が原因だったんだろうね~?」と、

ぞろぞろついてきているドクターたちに問いかける。


このブログにも記事UPしたと思いますが、
うちの父が3年前、心筋梗塞で (注)救急車で運ばれてます。

やはり、遺伝も少しは関係しているようです。


そこで弟が

「ストレスってどうですか?」


「強いストレスも起因の一つではあるかも」


そう・・・・弟は大きな「ストレス」を抱えていたのです・・・・・・。


つづく・・・・・・・・。



(注)救急車で運ばれてます。
いずれも軽いとは言え、
父が心筋梗塞
母が脳梗塞もどき(!?)

そして今回の弟の心筋梗塞

こうしてみるとかなりな確率で救急車に乗ってる@@;

次は私かっ!?((+_+)) ブルッ


 
[PR]
# by mam-mam-48 | 2015-08-25 13:08 | ★日々ネタ | Comments(4)

心筋梗塞 事の顛末 3

e0081339_11315969.jpg

3日間はICUにいて、
4日目からは10Fの循環器科のナースセンターのすぐ横のエリアに移動

まだまだ絶対安静
色んな管が身体に繋がれてます。


こんな事、素人が安易に言ってはいけないかもしれませんが、

心臓って、カテーテル手術をしてステントやらを入れると、
ビックリするくらい楽になって、
元気戻るんですね?


弟は、すぐにでも動きたい模様
しかも、
「腹減った~ 腹減った~」 こればっかり^^;


お医者さんの説明によると、

冠動脈3本のうち1本が完全に詰まっていて、
もう1本も70%詰まっているので、
それは退院まじかにステントを入れる手術をするようです。

心臓の一部が壊死しているとも言われました。


居酒屋の横で倒れていた5時間強が実にもったいなかったと・・・・。

本当に後悔と反省@@;

こんな状態の時、無駄に男気なんぞ出してもダメだってこと
胸に刻ませました。


説明を受ければ受けるほど、
ほんと! よく生きてたね(涙)
と、鳥肌が立つ思い(T-T)


4日目の夜、
カーテンひとつで仕切られた隣のベットのおばあちゃんが危篤状態になり
バタバタ バタバタ

家族は集まってくるはで、

他人の臨終に立ち会うのは嫌やぁ~(>_<)と、
寝るに眠れず、ちょっと弟もまいっていたら、

「ベットの差額は要りませんから
 ナースセンターの目の前の個室に移ってもらうわね」と、
ホテルのような個室に移動


部屋の中には、
トイレ ・ シャワー室 ・ ソファー ・ TV ・ 冷蔵庫 ・ 電子レンジ
空調もバッチリで

ほんとホテルのよう!

って言っても、まだまだ絶対安静の弟

トイレもシャワーも使えませんが^^;



今の病院って、病室前に名前は書かないんですね。
個人情報保護法により?

病室が変わったのを知らず、
次の日お見舞いに行ったとき、
前日までいた弟のベットが空っぽになっていたので
・・・・・・・色んな意味で・・・・・焦りました・・・・・(^A^;)


ホテルのような個室
ここならよう~喋れる^^   ←これこれっ^^;


「あの危篤のおばあちゃん、その後どうなったんやろなぁ~?」と
弟が心配してたら、

一緒に来てた父が、

「あぁ~
 さっきトイレに行く時、そのおばあちゃんがスタスタ廊下を歩いているの見たよ^^」


「・・・・・・えっ!?(沈)」

弟と私、思わず目を合わせ、


見たなぁ~(>_<) ガクブルッ


つづく・・・・・・・・。
[PR]
# by mam-mam-48 | 2015-08-25 12:09 | ★日々ネタ | Comments(0)