人生で一番辛い日 ①

皆さま、大変ご無沙汰しておりました。

待っていてくれる人が、
いてくれたのか?どうか?は定かではありませんが^^;

本当にお久しぶりのマム。です^^

弟の心筋梗塞事件(!?)からほどなく、

58年生きてきて、人生で一番辛い日を迎えてました。

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9月11日 午後3時すぎ  長男夫婦のところに女の赤ちゃんが生まれました。
私にとっては初孫の孫っちです。

ところが、突然、早期胎盤剥離で緊急帝王切開手術
母子共の命が危ないとのこと!!

孫っちは仮死状態で生まれたので、

ドクターカーにて、某市立病院のNICUへ運ばれ、
お嫁さんは、そのまま産んだ産婦人科のICUへ


お嫁さんはとりあえずは大丈夫とのこと
お嫁さんの事はお嫁さんのご両親に任せて、

私とオットと息子1は、
孫っちが運ばれた某市立病院へかけつけました。

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今でも、この扉を見るだけで涙があふれます(涙)


NICUに入るには普段は厳しい入室制限があります。

今日だけは、先生の説明を受けなければならないので
私たち祖父母も許してくれました。


先生が来る前に、
看護師さんが孫っちの保育器のあるところへ私たちを連れて行ってくれました。


・・・・・ショックでした(涙)

小さいドームのような保育器に入れられてました。

そのドームの中は、29度設定
高酸素濃度設定  

そして2400グラムの小っちゃい身体に、
たくさんの管が口にも鼻にも腕にも繋がれていて、

頭にはヘッドギアのようなものも装着され、
心臓にもペタペタ色んなものが貼られていて

裸んぼうのおむつ姿の
それはそれは、もう痛々しい姿でした。


息子1が
「頑張れ! 頑張れ! お父さん、来たよ! 
 お父さんが絶対守ってあげるから!!」と、

我が子に一生懸命声を掛けている横で、

私が泣いてどうする!! 絶対!泣くまい! ここでは絶対泣くまい!と、
唇をかみしめ我慢しました。


先生二人による説明が始まりましたが、
私は、もうパニックになっていて、
あの時の先生の細かい説明は全く覚えていません。

息子1はメモを取っていました。

でも、先生の説明は
絶望的なものであって、決して未来はないと思いました。


「まずは三日、生命の維持が出来るかどうか、見守りましょう」

えっ? それってどういうこと?
心の中でつぶやいた事は覚えてます。


ただ先生が最後におっしゃった言葉だけを信じるようにしました。

「赤ちゃんは無限の力を持っているんです。
 すごいパワーを持っているんです。

 どんなに生まれた時の状態が深刻でも、
 一か月後、元気に退院していく子もいるし、
 しかし残念ながら呼吸器が外れないままの子もいるのも事実です。

 とにかくこの赤ちゃんの生命力を信じましょう。
 私たちも今やれることの精一杯の努力はします。」


息子1が、
「嫁にはなんて伝えたらいいのでしょうか?」と聞くと、

『なるべく早い時期に、今、私が言ったことを、
 なるべくそのまま伝えた方がいいんです。
 隠したりするのは、あまりおススメしません。』


私とオットは家に帰り、
息子1はその足で隣の市に入院しているお嫁さんの元へ

さすがに少しは言葉をオブラートに包んだようですが、
ほぼそのままを伝えたそうです。


お嫁さんは、賢い人なので、
取り乱すことなく事実を受け止めていたようですが、

「お産がこんなことになってごめんね。
 健康な子どもを産めなくてごめんね。」と(T-T)


息子1は、自分が嫁さんの前で泣いてしまったら、
嫁さんがもっと落ち込み自分のせいにしてしまうと思い、

絶対に泣くまい!!と



そして、夜遅く、息子1は、憔悴しきった顔でウチにやってきました。

仏さんの前に座って一心不乱に拝み
「ここでは、泣かせてくれ(涙)」

ええんやで!!
ここでは我慢せんでもええんやで!!
思いっきり泣いたらええんやで!!


家族みんなで思いっきり泣きました。


「絶対に助かる! そして絶対に大丈夫!!
 僕は我が子を信じる!!!(涙)」と言って、
自分の家に帰って行きました。

この日ほど、
細身でガリガリの長男がしっかりとたくましく見えた日はありません。

もう「父親」の顔になっていました。


つづく・・・・・。
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by mam-mam-48 | 2015-10-14 20:31 | ★日々ネタ